産科(研究の紹介) Research obstetrics

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概要(早産、切迫早産)

産科の取り組み

 現在、我々はさまざまな周産期合併症の治療に取り組んでおりますが、なかでも早産は産まれた赤ちゃんへの重大な影響を及ぼすばかりでなく、治療を支えるご家族の精神的、肉体的、経済的な負担を増やしていると考えられ、早産や切迫早産に対して複数の臨床研究を行っています。

早産

 早産とは正期産より前の出産のことであり、正期産とは妊娠37週0日から妊娠41週6日までの出産のことをいいます。 日本では妊娠22週0日から妊娠36週6日までの出産を早産と呼びます。 妊娠22週未満の出産は流産といい、早産とは区別されます。早産で産まれた赤ちゃんは、低体重で、臓器や器官が未成熟となります。児の未熟性ため出生直後の合併症や感染症のリスクが高くなり、長期的には脳性麻痺や精神発達遅延等の後遺症にかかりやすくなり、成人になった際の健康リスクにも影響を及ぼすとされています。たとえ妊娠22週以降であっても、出生する週数が早ければ早いほど生存率は低くなり、神経学的後遺症も出やすくなります。
 日本での早産率は約6%といわれています。

切迫早産

 早産となる危険性が高いと考えられる状態、つまり早産の一歩手前の状態のことをいいます。子宮収縮(お腹のはりや痛み)が規則的かつ頻回におこり、子宮の出口(子宮口)が開き、赤ちゃんが出てきそうな状態のことです。破水が先に起きたり、同時に起きたりすることもあります。

早産リスク因子

① 過去の妊娠歴や産科合併症
早産や前期破水の既往、切迫早産の既往、頸管無力症
② 現在の妊娠合併症
多胎妊娠、前置胎盤、感染、羊水過多など
③ 既往歴・合併症
子宮疾患(子宮筋腫・腺筋症、子宮形態異常(双角子宮など)、子宮頸部円錐切除術後)、高血圧症、膠原病など
④ 生活習慣
喫煙、アルコールなど

 早産の原因で最も多いのは子宮内感染と言われており、腟から子宮内へ細菌が入ることで起こります。現状では感染を予防するための方法はありませんが、早産をできる限り減らし、後遺症のない赤ちゃんの出産を目標に、私たちは研究を行っています。

切迫早産に対するジドロゲステロンの有効性

 日本国内では、切迫早産の治療として子宮収縮抑制剤(リトドリン塩酸塩や硫酸マグネシウム水和物)の投与が広く行われています。しかし、近年ではリトドリン塩酸塩の長期投与に対する有効性に疑問が提起されており、有効かつ母体と胎児に安全な治療方法が求められています。
 黄体ホルモン剤は、早産予防の機序として、頸管熟化抑制作用、子宮収縮抑制作用、抗炎症作用があることが以前より報告されています。黄体ホルモン剤には、腟錠、筋肉注射、内服薬などの投与方法がありますが、現在国内で切迫流早産に対して保険適用となっている薬剤は合成黄体ホルモン剤の内服薬であるジドロゲステロン(Dydrogesteron :DYD)のみです。しかし、国内においてDYD投与の治療効果を具体的に示す有効な報告はまだありません。黄体ホルモン剤は従来の切迫流早産治療薬と作用機序が異なることから、治療効果のメカニズムの理解、治療対象として適切な妊婦さんの選定が不可欠です。黄体ホルモン剤は従来の治療薬として比較して副作用が少ないことから、効果的な治療法の確立は切迫流早産の治療において極めて有用であると考えます。私たちはDYDの切迫流早産の治療効果や、膣内環境に与える影響を明らかにし、黄体ホルモン製剤の有効性の高い使用法の確立を目指しています。

母と子の未来を守る:早産ゼロへの挑戦

これまでに行ってきた研究

 女性の腟の中にはさまざまな種類の細菌が集まっており、細菌叢(さいきんそう)を形成しています。この細菌叢は、女性の健康を守る重要な役割を担っています。腟内細菌叢の主な細菌は「乳酸菌(ラクトバチルス属)」です。乳酸菌は腟内の環境を弱酸性(pH 3.5~4.5程度)に保つことで、有害な病原菌や異常な細菌の増殖を防いでいます。この弱酸性環境は、自然の防御壁として働き、感染症を予防する力を持っています。
 一方で、腟内細菌叢の乱れは早産と関連すると言われています。例えば、細菌性腟症は、腟内の乳酸菌(ラクトバチルス属)が減少し、嫌気性菌が増加する状態を指します。この状態は、腟内環境の悪化を招き、子宮内感染を引き起こし、結果として早産のリスクが高まります。早産妊婦における腟内細菌叢の研究では、ラクトバチルス属の中でも特定の種の減少や、他の嫌気性菌の増加が確認されています。これらの変化が腟内環境の悪化と関連し、早産のリスクを高める可能性が示唆されています。
 近年、次世代シーケンサなどの新たな解析技術の進展により、周産期合併症と腟内の細菌叢との関連性が示され始めています。従来は腟内環境を良好にするとされていた細菌の一部にも、環境を悪化させる可能性が指摘されています。この知見を基に、より効果的な早産予防法の開発が期待されています。

現在進行中、今後行う予定の研究

「早産予防に向けた腟内細菌叢の解析」
「人工知能を活用した妊娠合併症の予測モデルの構築」

 我々は、妊娠中の腟内細菌叢(に存在する細菌の種類とそれぞれの量の状態)と周産期合併症の関連性を明らかにするため、妊婦さんの腟分泌物を用いた臨床研究を行っています。この研究では、細菌叢の解析を通じて、膣内の細菌叢の変化と疾患の繋がりを明らかにし、細菌叢を然るべき状態に戻すことが切迫早産などの周産期合併症を減少させると考えて研究を進めています。また、細菌叢を戻すための治療法の研究も進めています。
 さらに、人工知能(AI)を活用し、妊娠初期の細菌叢の様子から妊娠中に生じる合併症を予測するモデルの構築にも取り組んでいます。このモデルにより、早期のリスク評価と治療介入が可能とし、周産期合併症を低減させることを目指しています。将来的に、全ての妊婦さんと赤ちゃん対して早産を始めとする周産期合併症の危険から守ることを目指します。