婦人科(研究の紹介) Research gynecology

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卵巣癌を克服したい!

 卵巣がんは自覚症状に乏しく、『静かなる暗殺者(サイレント・キラー)』とも称される婦人科疾患です。主なタイプは漿液性癌、明細胞癌、類内膜癌、そして粘液性癌に分けられます。その中でも最も多いタイプである漿液性癌においては研究がかなり進み、近年著効する薬剤も保険で使用できる様になりました。
 一方、明細胞癌は研究途上であり、進行癌あるいは再発時の治療は難渋します。また、海外では卵巣がんの組織型の中で 6-8 % と低い罹患率に対して、本邦では 25 % を占めており、新たな治療方法の開発を多くの患者さんが望まれています。
 当研究室では卵巣明細胞癌に焦点を当てて、卵巣癌の診断、治療、および治療後の予後予測を中心に関して研究を行っています。

① 卵巣がんを早期に発見する

  • MRI検査を用いた診断方法と、これを応用した新しい鑑別法の開発
  • MRI検査を用いない、卵巣がんと良性を鑑別する新たな方法の開発

これまでに行ってきた研究

 卵巣明細胞癌は卵巣子宮内膜症性嚢胞(チョコレート嚢胞ともいいます)から発生する、あるいは関連がある癌として知られています。そのため、卵巣明細胞癌は内膜症関連卵巣癌とも呼ばれています。
 当研究室では内膜症性嚢胞とそこから発生する内膜症関連卵巣癌を手術の前に鑑別する方法を考案してきました。私たちは、これまで嚢胞内容液の鉄濃度に着目し、内膜症性嚢胞から発生したがんは内膜症性嚢胞よりも内容液の鉄濃度が低いことを報告してきました。
 そして嚢胞の鉄含有量をMRI検査により定量化するMRリラクソメトリー法によって内膜症性嚢胞とこれから発生するがんを痛みを伴うことなく鑑別できることを、他の施設の協力も得て臨床試験を行い、有用性を報告しました1)
 しかし、本当はがんでないのにがんと判断してしまう(偽陽性)、がんであるのに正常や良性であると判断してしまうこと(偽陰性)があります。それらを極力抑えるために、他の検査項目も加えたe-NARA indexと名付けた新たな識別方法を考案しました2)
 しかし、これらの方法で用いることができるMRI検査はいつでも、どこでも行うことができる検査ではありません。通院で何回も検査することは現実的に不可能で、MRI検査をせずに識別する方法を模索していました。そこで、嚢胞の大きさと腫瘍マーカー(CEA)だけを用いて新たな計算式(R2 predictive index)を作成し、その有用性を報告しました3)

現在進行中、今後行う予定の研究

「広域周波数超音波測定法を用いた子宮内膜症性嚢胞悪性化の鑑別法の開発」

獲得研究費の紹介

② 卵巣がんの一次治療後の再発を予測する

  • 2点間のデータを用いた斬新で正確な予後予測法の開発

これまでに行ってきた研究

 以上の様にe-NARA indexやR2 predictive indexが手術をする前に良性と悪性の鑑別に役立つことを報告していますが、実際にがんになった方について、手術後の再発についても研究を行っています。今まで様々な指標が開発されてきましたが、いずれもある1時点の検査値を用いて将来を予測するものでした。私たちは手術前後や化学療法前後のそれぞれ2点間の数値を比較するというユニークな方法を用いて将来の再発を予測しています。卵巣がんで1回の手術で取り切った方についてはPPSPという指標を用い4)、手術の前に化学療法を行って病巣を小さくしてから手術を行なった方についてはPPSNという新たな指標が、将来の再発について有用であることを報告しています5)。更にこの方法を応用して子宮体癌でも予後を予測する新たな方法を報告しています6)。以上の様に卵巣がんを早期に発見し、がんにかかってしまった後には治療後の再発を正確に予測することで早期治療に役立てています。

現在進行中、今後行う予定の研究

「子宮頸がんにおける正確な予後予測モデルの開発」

③ 卵巣明細胞癌を駆逐する

  • 卵巣明細胞癌のみに抗腫瘍効果を発揮する薬剤の特定と開発

これまでに行ってきた研究

 チョコレート嚢胞から発生する明細胞癌を克服するために基礎研究も活発に行なっています。卵巣明細胞癌のよく知られた特徴として、ARID1A(AT-rich interactive domain-containing protein 1A)という遺伝子変異と HNF-1ß(hepatocyte nuclear factor -1beta)というタンパクが異常に出ていることが挙げられます。ARID1A遺伝子はDNAの修復や複製に大きく関わっている遺伝子です。明細胞癌ではこれが失われてDNAの修復や複製がうまく行われなくなっていると考えられるため、ARID1A遺伝子変異の時にだけ作用する薬を広く検索しCCNE1(cyclin E1)やMDM2(murine double minute 2)というターゲットが明細胞癌に効果があることを報告しました1,2)。この薬剤はARID1A遺伝子変異の時にだけ作用するものであり今後さらに発展させていきます。また、HNF-1ß遺伝子の過剰発現についてHNF-1ß遺伝子を抑える薬剤で卵巣明細胞癌の増殖を抑えることはできますが、HNF-1ßは正常な細胞にも通常発現しているタンパクですので、これを抑える薬剤は体の他の部分にも大きな影響(副作用)を与えると考えられ、臨床応用は現実的ではありませんでした。私たちはこれに注目して研究を行いHNF-1ßがGSK-3ßを通して様々なシグナルを送っていることを突き止め、これを抑制することで卵巣明細胞癌の増殖を抑制することを報告しました2)。この治療薬とさらに新たな治療薬と組み合わせることできわめて良好な抗腫瘍効果が得られることを確認し、特許申請も行いました。現在、臨床治験を目標に準備を行っているところです。

現在進行中、今後行う予定の研究

「卵巣明細胞癌における特異なエネルギー代謝に着目した治療法の開」
「シスプラチン耐性株に対する耐性解除法の研究」

 以上の様に卵巣がんを克服するために基礎〜臨床に至るまで様々な切り口から研究を行っています。実現のために精一杯頑張り、より良い治療方法を提供できる様にしていきたいと思っています。

子宮筋腫に対する副作用のより少ない新たな内服方法

NARA(Non-Adverse Relugolix Administration)試験 

現在進行中の臨床試験のお知らせ

 過多月経や月経困難症に適応のあるレルミナ錠は一時的な閉経状態(偽閉経)にすることで子宮筋腫の縮小効果もあることが知られています。しかし、骨密度への影響などから内服期間は半年間に限定されており、実際に後半ごろから更年期症候群の症状を頻発します。私たちは筋腫の縮小効果を担保した状態で副作用のより少ない新たな内服方法を考案し1)、特定臨床研究として進行中です(jRCTs051230078)。

 以上の様に卵巣がんを克服するために基礎〜臨床に至るまで様々な切り口から研究を行っています。実現のために精一杯頑張り、より良い治療方法を提供できる様にしていきたいと思っています。

発見した腫瘍マーカーの婦人科悪性腫瘍における位置づけを検討する

これまでに行ってきた研究

  • 卵巣腫瘍における血清TFPI2値の検討
  • 子宮悪性腫瘍組織におけるTFPI2発現の検討

① 組織因子経路インヒビター2について

 卵巣がんの代表的な腫瘍マーカーであるCA125は、卵巣がん、特に日本人に多いとされる明細胞癌において偽陰性を示す症例が多く,判断に悩むことがあります.そのため、より明細胞癌に特異的な腫瘍マーカーを見つけるべく研究を進め、横浜市立大学の研究グループとの共同研究にて組織因子経路インヒビター2(Tissue factor pathway inhibitor-2:TFPI2)の有用性を証明しました。その後の研究で明細胞癌のみならず、卵巣がん全体においても良性疾患と比較し上昇することが確認され、2021年4月より血清中TFPI2値が卵巣がんの腫瘍マーカーとして保険適用となっています。
 なお、本マーカーは多くの癌種ではがん抑制遺伝子としての作用を持っていますが、卵巣がんにおいてはむしろ逆の性質をもっており、TFPI2 が高値となることが多いということが過去の報告で明らかとなっています。また、われわれの研究において下記のことを明らかにしてきました。

② TFPI2と卵巣がんの予後との関連

 術前に測定したTFPI2値が高値であった卵巣がん症例は予後不良であることが判明しました。これにより、術前にTFPI2値を測定することで治療方針を決定する際の判断材料に用いることができる可能性が期待されます。

③ TFPI2とその他婦人科腫瘍との関連

 子宮体がんに対し、免疫染色を行ったところ、明細胞癌で有意にTFPI2が発現していることがわかりました。これはしばしば診断に難渋する病理学的検査の際に応用し診断の一助となる可能性が期待されています。

④ TFPI2と子宮悪性腫瘍の予後との関連

 卵巣がんのみならず、子宮体がんにおいても、術前にTFPI2値が高値であった子宮体がん症例は予後不良であることが判明しました。

現在進行中、今後行う予定の研究

 前述のように卵巣がんでは他の癌腫とは逆の特徴を持っているとされており、基礎研究において癌化のメカニズムを解明するための研究を行っております。癌化のメカニズムが判明すれば新規治療へつなげることが可能となるのではないかと期待しています。