当科では、子宮内膜症と卵巣がん発生のメカニズムについて研究を行っています。
子宮内膜症は、10人に1人の女性が罹患する疾患であり、月経痛、不妊症、そして卵巣癌の合併と、女性の生活の質(QOL)を最も低下させる疾患です。これまでの疫学研究によって、チョコレート嚢胞(子宮内膜症が卵巣に発生し嚢胞を形成するもの)の約1%から明細胞癌や類内膜癌が発生することが明らかになってきました。これはチョコレート嚢胞においては、自然発生の卵巣がんに比べ8倍以上の高率でがん化が起こることになります。またチョコレート嚢胞から発生する卵巣がんには、明細胞癌という種類のがんがあり、抗がん剤が効きにくいため予後不良です。そこで我々は、子宮内膜症の治療法、さらに子宮内膜症からの発がん機序の解明と卵巣がんの早期発見を目指して、様々な基礎研究・臨床研究を行っています。
基礎研究
1.細胞周期に着目した卵巣明細胞癌に対する新規治療の開発
卵巣明細胞癌は、抗がん剤で最もよく使用されるシスプラチンなどの白金製剤を中心とした化学療法に低感受性であり、残存・再発病変の治療は難しく予後不良とされています。分子生物学の発展により、化学療法に抵抗性を示す薬剤耐性の機序に、DNA修復異常やメチル化/ユビキチン化が関与することが明らかになってきました。我々は、抗がん剤耐性を示す卵巣明細胞癌に特異的に発現する転写因子HNF-1βの薬剤耐性機序について検討を行ってきました。その結果、卵巣明細胞癌ではHNF-1βの過剰発現により細胞周期のチェックポイント異常が誘発され、細胞死への誘導が阻害されていることが分かりました。チェックポイント異常をターゲットとした薬剤と抗がん剤の併用により薬剤耐性を克服できれば、卵巣明細胞癌の新しい治療となり得ると考えています。
2.卵巣癌発生のメカニズムの解明
チョコレート嚢胞内には鉄を含んだヘモグロビンが多く含まれています。これまでの研究で過剰な鉄が活性酸素を生成し、DNA・脂質・蛋白を障害することがわかっています。チョコレート嚢胞は鉄を多く含んでいるため、活性酸素による障害を絶えず受け続け、突然変異の機会が増えるために発がんしやすくなると考えられます。我々はチョコレート嚢胞の内容液中の“鉄”と発がんとの関連性に着目し、嚢胞液中の鉄の状態を詳細に検討した結果、がん化したチョコレート嚢胞の内容液中の鉄濃度は、良性のチョコレート嚢胞の内容液中の鉄濃度と比較して有意に低いことを発見しました。チョコレート嚢胞内ではがん化の過程において酸化・抗酸化の環境が大きく変化していることが考えられます。このようなチョコレート嚢胞内の微小環境に着目してがん化のメカニズムを解明し、がんの早期発見や治療の標的となるバイオマーカーを見つけることを目指しています。
臨床研究
1.チョコレート嚢胞におけるがん化の早期発見
我々はこれまでの研究で、チョコレート嚢胞とチョコレート嚢胞からがん化した症例の腫瘍内容液を手術時に採取し、詳細に検討してきました。その結果、がん化した症例の腫瘍内容液中の鉄濃度が、良性のチョコレート嚢胞の内容液中の鉄濃度と比較して有意に低いことが判明しました。
この点に着目し、腫瘍内容液中の鉄濃度の高低によりチョコレート嚢胞のがん化の可能性を判定することができるのではないかと考えています。この収集したデータをもとにシステムを改良し臨床応用することができれば、チョコレート嚢胞ががん化するリスクを詳細に推定できるようになり、治療の選択肢を増やすことができます。またさらに簡易に内容液の鉄濃度を測定する方法として、新規超音波プローベの開発にも取り組んでいます。
2.乳酸菌摂取による内膜症病変の改善
子宮内膜症の現在の治療方法は、手術療法の他、ホルモン剤を使用する薬物療法、鎮痛剤や漢方薬を主体とする対症療法があります。最近の研究報告で、乳酸菌が子宮内膜症における炎症を抑え、乳酸菌によって子宮内膜症の月経痛が改善することが報告されています。そこで、子宮内膜症と診断された患者さんの臨床症状およびチョコレート嚢胞などの病巣が乳酸菌を含有した試験飲料の摂取により改善・縮小を認めるかどうかを検証することを目的としています。子宮内膜症に対する乳酸菌の有効性が確立すれば、安全性で画期的な治療方法になると考えています。
多施設共同研究
当科は特定非営利活動法人婦人科悪性腫瘍研究機構(JGOG)や関西臨床腫瘍研究会(KCOG)登録施設であり、最新・最善の治療を追及すべく積極的にこれらの共同研究や臨床試験に参加しています。多くの症例を集積することにより、新規検査法・治療法の有効性や安全性を確認すること、稀な腫瘍の治療やその予後について解析することなどを目的としています。
- 卵巣明細胞癌特異的新規腫瘍マーカーの有用性に関する多施設共同研究
- 本邦における子宮内膜症の癌化の頻度と予防に関する疫学調査
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JGOG3018
プラチナ抵抗性再発・再燃Mullerian carcinoma(上皮性卵巣癌、原発性卵管癌、腹膜癌)におけるリポソーム化ドキソルビシン(PLD)50mg/m2に対するPLD 40mg/m2のランダム化 第Ⅲ相比較試験 -
JGOG3019
上皮性卵巣癌・卵管癌・腹膜原発癌に対するPaclitaxel毎週点滴静注+Carboplatin 3週毎点滴静注投与 対 Paclitaxel毎週点滴静注+Carboplatin 3週毎腹腔内投与のランダム化 第Ⅱ/Ⅲ相試験 -
JGOG1075s
本邦における外陰癌の実態及び治療に関する調査研究 -
OGSK-KCOG-G1201
子宮頸がんIb2期・II期を対象としたイリノテカン塩酸塩水和物+ネダプラチンによる術前補助化学療法+根治手術+術後補助化学療法―臨床第II相試験― -
KCOG-G1002
子宮頸部上皮内腫瘍(CIN3)に対する円錐切除後の患者におけるヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンによるHPV再感染予防に関する検討 -
KCOG G1051s
子宮体部原発神経内分泌腫瘍に対する治療法・予後についての後方視的研究 -
KCOG G1052s
卵巣神経内分泌腫瘍の病理組織学的細分類と臨床予後への影響に関する後方視的研究
オプトアウトなど
- 我が国における再発上皮性卵巣がん・卵管がん・腹膜がんに対するsecondary debulking surgeryの現状と再々発時の治療法および予後に関する調査研究(KCOG-G1402)
- 子宮腺筋症に対してジェノゲストを使用した際の副作用に関する後方視的検討
- 良性卵巣腫瘍と悪性卵巣腫瘍のAI(artificial intelligence)による鑑別
- 新規卵巣がんマーカーTFPI2 の発現メカニズムに関する研究
- 卵巣腫瘍の診断精度向上および治療効果の評価に関する後方視的研究
- 子宮悪性腫瘍におけるTFPI2の発現に関する研究
- Chemotherapy induced anemiaにおける鉄剤の有効性に関する検討
- ツリウムヤグレーザーを用いた円錐切除術の評価
- 近畿地方における、化学療法後進行・再発子宮体癌に対するレンバチニブおよびペムブロリズマブ併用療法に関する、多施設共同観察研究